仕事を辞めたい!看護師の向き不向きについて!

協力隊から帰国後、再就職!そして結婚までの道のり!

 

青年海外協力隊では、帰国した時に進路支援や再就職相談を受けることも出来ます。

 

私もこれからの再就職を見据え、相談をしたこともあります。

 

しかし青年海外協力隊に参加する時には一度前の職場を退職しているため、結局実家を拠点として、就職活動をするしかなかったのです。

 

 

そのため協力隊から帰国し、地元の東京で帰国後研修を受けた後、実家に戻ることに決めました。

 

そこでまず行ったことは、前の職場を退職する時に餞別をもらっていたため、報告を兼ねた挨拶に行くということ。私のいない間に人事も大きく変化しており、当時私の直属の師長が看護部長になっていました。

 

 

そこで受けたのが、看護人員が足りないからまた働かないかという申し出でした。

 

正直、私はその申し出を受けて迷いました。配属される科はNICUとわかっていましたので。

 

 

NICUの緊張感や仕事のハードさを考えると即答することはできませんでした。

 

しかし、帰国後数週間何もせずに過ごしていると、どんどん働きたいという気持ちが出てきたのですね。

 

そして帰国して約2ヶ月目に申し出を受け、前の職場のNICUに再就職をしたのです。

 

ほかの同期の協力隊員に比べ、比較的早く就職が決まりましたし、順調に社会復帰が出来た方だと思います。

 

やはりこれは看護師という資格のある専門職であるからだと強く感じました。

 

 

NICUの医師や看護師は以前から見知った人も多かったですし、すぐになじむことが出来ました。

 

また業務も覚えることはたくさんありましたが、勘を取り戻しながら、仕事を進めることが出来ました。

 

しかし一つだけ以前経験したことがないことがあり、それを理解することが難しかったです。

 

 

それはクリティカルパスの存在です。

 

これは質の高い医療を安全で効率的に提供できるように計画された診療のスケジュール表なのですが、NICUというのは、必ずしもその治療やスケジュールを標準化することが出来ないのです。

 

しかし当時は様々な疾患のクリティカルパスというのがどんどん開発をされ、NICUでもそれを作っていこうという取り組みがされていました。

 

2年間現場を離れていましたが、その間にも医療サービスの提供の仕方がどんどん変わっているなと少し戸惑いを感じました。

 

 

青年海外協力隊から帰国し、このNICUでは約2年半勤務しましたが、退職のきっかけは結婚です。

 

その結婚相手というのは、同じ元協力隊員。同期隊員ということもあり、海外に興味がある、お互いの理解があるというところが大きな決め手だったでしょうか。

 

 

また途上国でボランティア活動を終え日本に帰国してから、日本のもののあふれた環境、何でもすぐに手に入る便利な環境に疑問を感じ、まったく物欲のない生活が続いていました。

 

結婚をする際も結婚式などしなくてもよいというお互いの価値観があったことも一つのポイントです。

 

 

帰国後日本ではお互いに実家で生活し、他県であったため遠距離恋愛を続けていました。

 

看護師という職業柄、年末年始などのハイシーズンなど関係なく休みを取ることが出来たので、遠距離恋愛をすることは難しくありませんでした。

 

そしてお互い、そろそろ結婚のタイミングかなというころで籍を入れたのです。

 

 

ただ、結婚に際し不安だったことは、結婚して夫の地元で生活をする際に、その土地に全く知人がいないということでした。

 

これまで多くの見知った人間関係のなかで生活していたなか、急に誰も知っている人がいない場所に飛び込むというのは、やはりどうしても抵抗感があるものです。

 

 

そのため、私はすぐに非常勤でもいいので働くことを希望しました。その土地を知るには人脈を作ること、そしてその土地をくまなく歩いてみることが大切だと海外での生活を通して実感していたからです。

 

結婚して引っ越し後、すぐに働きただし地元の人たちと関わる努力をした結果、知らない土地でも自分の世界を徐々に広げることができ、すぐに楽しく生活を送れるようになりました。

 

ここでも協力隊を通して手に入れた異文化交流の経験がとても役に立ったと考えています。

 

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